『できない!できない!うまくいかない!わーーーーっ!!』ってなりそうな時は、いったん落ち着こうよっていうお話。


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こんばんわ、こんにちわ、あおいゆきです。

 

 

私はマンションの4階に住んでおります。ある日の朝、出勤の時間に玄関のドアを開け廊下に出た時です。

 

小鳥が暴れていると即座にわかるような羽音と鳴き声が耳に入ってきたました。

 

前日は風が強く雨も酷かった為、雨風を逃れようと、何個か開いた窓のひとつから逃げ込んできたのでしょう。

 

ですが開いていた窓はほんの数カ所。開いている窓を見つけられず、、、ちゅんちゅんちゅんちゅん鳴いて必死に窓に向かって羽ばたきますが、そこは開いていない窓。。

 

何度も何度も開いていない窓にクチバシを打ちつけ、体がぶつかる音がしていました。

 

可哀想になり、なんとか外に出してあげたいと思い、廊下中の開けられる窓を全て開けて歩くのですが、私が近づくと、やはり怖いのでしょうね、、錯乱して私の右へ左へと天井を這うように逃げ惑い、一向に空いた窓にはたどり着けないでいた。

 

そうこうしている内に時間もたち、小鳥は外に、私は会社に行かなければなりません。

 

『開けられる窓は全て開けたし、落ち着きを取り戻したら自分で出ていけるだろう。大丈夫。大丈夫。』

階段を降り、車で会社に向かいました。

 

道中、ふと思った。

 

『できない!できない!』で錯乱した時って人ってあんな風になる時あるよな・・。

 

やりたいようにはいかず、その焦りや、ホントにできるのか不安になった時って、錯乱し、理性を失った時、あの小鳥のように開いているであろう窓に目星をつけて体当たりし、体を打ちつける。

 

場合によっては、開いてないのなんて知ったことかと叩き続け、開いていないなら、ぶち破ってしまえばいい!!と、さらに力を込めて叩きまくる。狂乱だ。ここまでいくと怖い。。

 

でもさ、開いてる窓って必ずあるはずなんだよね。

 

叩いて叩いて見えてくることもあるだろう。けれど、何度試しても、うまくいかない時って立ち止まることって大切だよね。

 

『自分はダメ。向いていない。』じゃなくて、単に、見てるところ、やり方がずれてることってよくある。

 

自分が今やってることって、それ本当にやりたいこと?

誰のためにやっているの?

何のためにやっているの?

どんな風になりたいの?

 

そんな自問自答を繰り返し、たくさん失敗するけど、少しずつ修正していって。

 

常に自分で考え、自分で決めていくこと。

 

それってすごく大切だよね。そんな見極め。

 

求めた形の結果通りにはいかないかもしれない。

 

理想とした大きさにはならないかもしれない。

 

でも、投げ出しちゃったら、あの小鳥はずっと廊下に住まなきゃなんないよ。

エサも仲間もいない。そしたらどんどん弱ちゃうよね。。自分で出るしかない。。

 

・・その日の夕方、仕事を終えマンションに着いた。

 

『あの小鳥、ちゃんと出られたかな。』

 

階段を上がり4階について、廊下を見渡した。

 

小鳥はいなかった。

 

私が去った後、落ち着きを取り戻し、辺りを見渡し状況を確かめたら、開いてる窓が見えたんだね。

 

ほらね、ちゃんと出られた。